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福岡高等裁判所宮崎支部 平成9年(う)14号 判決 1997年8月28日

本籍

鹿児島市中町九番地の一六

住居

同市下荒田四丁目五四番一五-七〇一号

会社役員

西岡岩男

昭和二四年二月一七日生

右の者に対する相続税法違反被告事件について、平成九年二月二六日鹿児島地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は検察官宇野博出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人野田健太郎提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し次のとおり判断する。

量刑不当の論旨にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、本件は、衣料品販売会社を経営する被告人が、実母及び姉妹らと共に先代から多額の遺産を共同相続し、その分割及び相続税の申告手続を一任されていたところ、自己配分遺産に対する相続税が多額にのぼることが予測されたことからそのほ脱を図ろうと企て、右会社の顧問税理士らを通じて、同和団体の会長を名乗り、その圧力を背景に、脱税請負に暗躍する濵畑康正やその配下らを紹介され、同人らと共謀の上、右共同相続人全員分の正規の課税価格が総額一二億六二八一万九〇〇〇円で、これに対する相続税額は総額二億一八七八万三四〇〇円であり、このうち被告人の正規の課税価格は九億九四二五万四〇〇〇円で、これに対する相続税額は二億一四七八万〇八〇〇円であるにもかかわらず、先代が総額六億八〇〇〇万円の債務を負っていたと仮装し、所轄税務署長に対し、相続人全員分の課税価格は総額六億七八四六万八〇〇〇円で、このうち被告人の課税価格は三億三一五五万七〇〇〇円で、これに対する被告人の納付すべき相続税額は六八八万九四〇〇円である旨の虚偽の相続税申告をし、不正の行為により、前記被告人の正規の相続税額二億一四七八万〇八〇〇円との差額二億〇七八九万一四〇〇円を免れた事案であるが、本件は、ほ脱額、ほ脱率において共に高額、高率である上、被告人はその利己的動機から、国民が等しく負担能力に応じて分担する納税の義務をないがしろにし、自ら進んで前記共犯者らの組織に多額の報酬を約して近づき、本件犯行に及んだもので、かつ社会一般に及ぼした悪影響も大きいことなどからすると、被告人の本件刑責は重いというべきである。所論は本件の量刑、とくに罰金刑につき斟酌すべき特段の事情があるとして、被告人の本件犯行の動機に、顧問税理士の本件遺産に対する誤った評価と課税控除の低い分割協議案があり、これを軽信した被告人が、右分割協議案から算出された相続税額が手持ち現金に比し、余りにも高額にのぼったことから、思い余って本件請負グループの許に走ったという偶発的要素があり、現に、本件発覚後、的確な本件遺産の評価と正当な課税控除を利用して、被告人ら相続人間で遺産分割のやり直しをした結果、全相続税額は約七六〇〇万円(被告人分は約六〇六九万円)であったのであるから、結果的には、被告人らの実質的ほ脱額は、六〇〇〇万円程度であったこと、しかるところ、被告人は、相続税追徴額約六八〇〇万円のほか、重加算税約二四〇〇万円、延滞税約八五〇万円の債務を負っている上、前記グループに支払った報酬のうち約三七〇〇万円は、返還を受けることが不能であり、被告人が、現在被っている経済的苦痛には、多大なるものがあるというが、本件犯行の動機に所論の事情があったからといって、直ちに本件の如き悪質な脱税に走った被告人の短絡的行為は、被告人の経歴、身分、経済状態等に照らし、酌量の余地に乏しく、又遺産分割のやり直しに基づく相続税額が、比較的低額であったことについても、そもそも脱税犯に対して科せられる刑罰は、国の財政権に対する侵害の回復というよりは、むしろ脱税者の当該不正行為の反社会性、反倫理性を非難するものであるから、所論の被告人の事後的事情をもって、当初の本件犯行に対する量刑上の特段の事情とはなしがたく、さらに被告人が所論の経済的打撃を受けていることについても、それは、いうなれば自ら招いた財産上の報いであり、右が多額にのぼるからといって、法目的を異にする刑事上の処罰につき、これ又、酌量すべき格別の事情とはなしがたい。

したがって、被告人がさしたる前科もなく、前記会社の経営者として、活動するかたわら、社会奉仕活動にも取り組んできた有為の社会人であるところ、本件を深く反省し、既に報道等による社会的制裁も受けていること及び所論の諸点を含め、記録上肯認しうる被告人に有利な諸事情を十分斟酌しても、懲役一年六月の体刑につき三年間の執行猶予を付した上、罰金刑については四〇〇〇万円の実刑を科した原判決は、やむをえぬところであって、これが重すぎて不当であるとは、認められない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠森真之 裁判官 安藤宗之 裁判官 水野有子)

平成九年(う)第一四号

被告人 西岡岩男

右の者に対する相続税法違反被告事件についての控訴の趣意は左記のとおりである。

平成九年五月一二日

右弁護人 野田健太郎

福岡高等裁判所宮崎支部 御中

原判決は、併科する罰金が四〇〇〇万円である点において量刑が不当であり、破棄されるべきである。

一、被告人は、配偶者控除等の税額控除を受けても相続税総額が約一億九五〇〇万円になるとの顧問税理士の報告を受け、一方、準備できる現金は六〇〇〇万円程度しかなく、土地を処分することもできない事情にあったことから、重い剰って脱税請負グループに走り、右税額控除を最大にうけてもなお残る相続税について免税をはかろうとしたものである

被告人は税額控除は最大に利用するつもりであり、架空債務等を利用して、税額控除等を利用することなく、被告人に多くの遺産を承継しようとの意図は無かったもので、それ故、申告書記載の遺産の配分は、申告書の作成に当たった秋山税理士に任せ、遺産分割協議書も同税理士が作成したものであった(甲三六秋山幸彦の調書)。被告人がこのように配分することを指示したものではなく、協議書が作成された後被告人もこれを見てはいるが、提出まで時間がなく、また申告手続きは任せていたので、内容を検討して承諾を与えるというものでもなかったのである。

架空債務を計上して税額の操作を行ったことから、秋山税理士の作成した申告書では、税額控除等が充分に利用されなかったようであるが、本件発覚後の税務当局による調査の中で、右申告の際の税理士の財産評価に誤りが発見され、同族会社の有価証券の評価では約二億円の減額となり、他方不動産の評価では一部に評価の誤りあるいは漏れがあり約一億円の増額となったが、たまたま評価減となった有価証券は西岡律が、他方、評価の増額した不動産は被告人が取得するものとして計上されていたことなどから(甲一脱税額計算書説明資料)、税額控除などが一層利用されない結果となり、右申告書に記載された遺産の配分で行くと、相続税額は二億一八七八万円となったものである。

このように、犯行額は約二億一〇〇〇万円であるが、目的を持って遺産の配分をこのようにしたものでもなく、また、税理士による大きな評価の誤りがあり、それが被告人に不利益に作用したという偶然の結果という面があり、被告人が当初考えていたように、評価を的確にしたうえ税額控除を最大に利用するように配分されていれば、同じ相続について、本件発覚後、相続人らが正規に遺産分割協議を行い、申告のやり直しを行い確定した相続税額が約七六〇〇万円(被告人分は六〇六九万円)であったことで明らかなように、犯行額ははるかに少なかったはずのものである。真正にやり直された遺産分割の結果にもとづけば、実質的な不正免脱税は六〇〇〇万円程度ということになるのである。

二、被告人には相続税追徴額約六八〇〇万円のほかに、重加算税約二四〇〇万円、延滞税約八五〇万円支払義務が確定している。

重加算税は、租税法上の義務の不履行に対する行政上の制裁で、これによって納税義務違反の発生を防止し、租税収入の確保を図ろうとするものであって、脱税者の不正行為の反社会性、反道徳性に着目して、これに対する制裁として科される罰金(刑事罰)とは異なるものであると言われるが、被告人にしてみれば、財産的苦痛を加えられることにおいて同じであって、刑罰としての実効性を確保するために財産的苦痛も加える必要があるとしても、一つの違反行為に対し両者が科されるときには、罰金の額については重加算税による苦痛が加えられていることが充分考慮されるべきものである。

三、そのうえで、本件では被告人は脱税請負グループへの支出で約三七〇〇万円の経済的負担(損失)を生じている。

脱税請負グループが関与したケースでは、多額の報酬が同グループに支払われるが、犯行が発覚した後は報酬が返還されるのが一般的である。ところが、被告人が脱税請負グループに支払った四八三〇万円のうち、これまで返還を受けたのは仲介役であった野下敦祥からの約一一〇〇万円であって(乙五被告人の調書)、残額約三七〇〇万円は未だ返還されておらず、今後も返還される見込みはない。

被告人は、本件犯行によって、相続税の追徴額が約六八〇〇万円であるのに対し、重加算税約二四〇〇万円、延滞税約八五〇万円、返還される見込みの無い脱税請負グループへの支払金約三七〇〇万円といった負担に加えて罰金(原判決では四〇〇〇万円)という、極めて重い経済的負担を負うことになるのである。

脱税請負グループから返金がなされておればともかく、被告人のように三七〇〇万円の損失を生じている場合には財産的苦痛としても充分なものがあり、これに更に四〇〇〇万円もの財産的苦痛を加えることは、重きに過ぎるものであって、罰金を併科せざるを得ないとしても、その額は大幅に減額されるべきである。

四、納税者の脱税事件については、罰金が併科されるのが一般的なようであるが、罰金の額については、脱税額の一割程度以下のものがあり、事例として、本件の脱税請負グループが関与し、同様に架空債務を計上して約九〇〇〇万円を脱税した納税者坂田泰司に懲役一年二月(執行猶予三年)、罰金九〇〇万円の判決がなされており(福岡地裁、平成九年一月一四日)、また、相続人の一人のみが知っていた相続財産を除外して申告し、当該相続人が、自己の正規の相続税と申告税額との差二億八〇〇〇万円余りを免れたという事案につき、発覚後に改めてなされた遺産分割協議の結果当該相続人が右犯行によってえた不正の利益は六〇〇〇万円程度とみられるという事情のもとで、懲役刑(執行猶予)と罰金一五〇〇万円に処した例(東京地裁、平成七年)があると聞いており、本件についても、前述の事情を考慮のうえ、右判例に準じて罰金刑が科されるべきである。

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